システムエンジニアの子育て

子育てや、仕事、日々の生活で感じたことを発信していきます。

SEKIROを通じて学んだこと

死にゲーを知っていますか?

FromSoftware | フロム・ソフトウェアから発売されているゲームで、代表的なものでSOULSシリーズがあります。

他にもBloodborneや、最近ではSEKIROがあります。

最近SEKIROをクリアしたので、プレイ中に感じたことを記載してみようと思います。

SEKIROについて

戦国末期に、主(あるじ)に忠誠を誓う隻腕の忍者が死闘を繰り返すアクションゲーム。

戦国末期と書いてあるが、世界観としては架空のものとなっている。

この忍者は生き返ることができ、その力が時として戦略となる。

 

 

今までのSOULSシリーズと違い、オンライン要素はなく、協力プレイは無理なため難易度が高いものとなっている。

操作を間違えると即死がまっていたりする。

キャラクターの成長はレベル制ではないが、体感と呼ばれる耐久力とHPはゲームが進行するとともに向上する。

SOULSシリーズのようにレベル上げのような要素はないが、スキルを取得することでゲームを優位に進めることは可能である。

(ただ、格段に優位になるわけではないため、どちらにせよ高難易度である)

 

2019年のゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

 

SEKIROから学んだ自分のことについて

SEKIROは人の性格がよくでるゲームだと思っている。

自分のプレイスタイルと共に、ちょっと振り返ってみる。

 

道中から学んだこと

忍殺と呼ばれる暗殺的なアクションをすることで、敵に見つかることなく進めることができるが、強行突破も可能である。

私はなるべく見つからないように進めていた。

慎重派といったところか。

これが功を奏して、道中で死ぬことはあまりなかった。

 

ボス戦から学ぶこと

この作品の肝となるボス戦では基本的には初見での撃破は無理である。

何度も死んで敵の行動パターンを覚えて、対処して撃破という流れになる。

全体を通してみて、私はこの敵のパターンを覚えようとするタイミングが非常遅かったと感じている。

何十回と死んで、やっと倒せないことに気が付き相手の行動パターンを学習し始める。

スロースターターといったところか。

 

また、ボスのHPが少なくなってくるとどうしても後少しと攻めようとしてしまう。

この欲張りが確実に死に繋がる。人の傲慢さが死に繋がっていた。

基本的にヒットアンドアウェイでないと倒せないようになっている。

 

 

攻撃→ガード(はじき)→攻撃→ガード

と丁寧に対応していた部分があせってしまい、

攻撃→ガード→攻撃→攻撃→カウンターで被弾→あせって回復→間に合わず死亡

という流れは誰もが経験することだと思う。

 

人は傲慢な生き物である。

何度過去の自分の行動を咎めたかわからない。

謙虚に生きないといけないと強く思った。

 

自分の成長について

SEKIROはボス戦を通じて、自分の成長を強く感じることができる。

この達成感こそが、SEKIROの醍醐味ではないだろうか。

 

特に誰もが大きく達成感を感じただろうボスが弦一郎戦だと思う。

序盤は負けイベントになっているが、中盤での戦いでも負けイベントではないかと思うぐらいの強さである。

強さ的には序盤に出会うものとあまり変わっていない。

適当にやっていたら確実に殺される。

 

何度も死を繰り返し、1段階目撃破→2段階目撃破・・・と徐々に適応されていく自分がわかる。

撃破したときは多くのアドレナリンが分泌されていたと思う。

正直このタイミングで彼を撃破することができないと、先に進めるのは難しいのかもしれない。

そういう意味では良い修行相手なのかもしれない。

 

最後に

私のプレイスタイルは「慎重派に見えて意外と雑」だったと思う。

その結果、1周目終了時のプレイ時間は70時間程度だった。

死んだ回数は数百回にも及んだ。

 

何度も繰り返して学ぶことができる。

このゲームには限らず、普段の生活でも同様のことが言えるのではないか。

知らずところでPDCAサイクルを回してゲームをしていたと感じている。

 

非常に苦戦したゲームではあったが、学ぶこともありかなりの良ゲーであった。

ELDEN RINGも期待している。